太平洋戦争の末期、1945年3月27日、米軍爆撃機B29が狙った大刀洗空爆で旧立石国民学校(現在の朝倉市立立石小学校)の児童と先生が、頓田の森に避難していた所を空爆され31人の命が奪われた悲惨な事件です。
朝倉市立石小学校は、戦争を忘れない、二度と悲劇を生んではいけないと、頓田の森や一木公園で戦争の悲劇を学んでいます。
空爆の日、私の叔母は、避難して空爆を受けたと祖母は、リヤカーを引いて亡くなっていると思い泣きながら頓田の森まで迎えに行ったそうです。叔母は、たまたま祖母の実家に帰宅していたそうで、難を逃れたようですが、友達を亡くし、ショックを受けて泣き崩れるばかりだったそうです。
「戦争は、悲劇を生むしかない、絶対に戦争はいけない!」と祖母が口癖のように話していたことを今でも覚えています。
多くの児童が亡くなった一木地区の一木神社には、お地蔵さまが祭られ現在もこの時期になると法要が行われ、大刀洗平和祈念館には「頓田の森の悲劇」を展示されています。
家の前の飛行学校甘木生徒隊兵舎の門は今でも残って一木公園となっています。時代を超え私も戦争を知らない世代ですが、まだまだ地域に戦争の爪痕は残っています。今を生きている私たちは、徴兵で命を落とした若者、空爆で沢山の人々がなくなった悲劇を思い、今の平和を大切に子供たちに伝えていかなければと考えます。平和という幸せの中に生きていることを。

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